27. 「別れの歌でもうたって名残を惜しみ、快く送り出すこともできたのに……。
28. 孫たちに別れのキスさえさせてくれない。 これじゃ、あんまりひどすぎる。 こんなやり方はないぞ。
29. そうしようと思えば、お返しにおまえを痛めつけることだってできるんだ。 だがな、ゆうべ、おまえの父親の神様のお告げがあった。 『ヤコブにあまりつらく当たってはいけない』と言われるんだ。 しかたがない。 今度ばかりは大目に見てやろう。
30. それにしても合点がいかないんだが、いくら故郷に早く帰りたかったとしても、わしの守り神を盗むことはないだろうが、ええっ!」
31. 「黙って家を出たのは、そうしないと、力ずくでも妻を奪い取られるんじゃないかと、心配でたまらなかったからですよ。
32. しかし、お義父さんの守り神のことなど、全く身に覚えがありませんね。 もし盗んだやつがいたら、ただではおきませんよ。 リンチにかけてやります。 ほかにも、何か一つでも盗品が見つかったら……、皆の前で誓いますが、その場でお返ししますよ。」 ヤコブは、ラケルが守り神を盗んだことを知らなかったのです。
33. ラバンは、まずヤコブのテントから、そこら中を捜し始めました。が、何もありません。 そのあと、レアのテント、そばめたちの二つのテントと捜し回っても、やはり影も形もありません。 とうとうラケルのテントを調べる番になりました。
34. 盗んだ張本人ラケルのテントです。 彼女はそれをらくだの鞍の下に押し入れ、その上に座りました。 これでは、いくらしらみつぶしに捜し回っても、見つかるはずがありません。
35. 「お父さん、座ったままで失礼させていただきますわ。 いま女の月のもので立てないんです。」 ラケルはすまして弁解しました。
36-37. 何も出なかったので、ヤコブは腹を立てました。 「どうでした。何か一つでも見つかりましたかね? 全くぬれ衣もいいとこですよ。まるで私が犯人だと言わんばかりに追いかけて来て、そこいら中を捜し回ったりして。 さあ、見せていただきましょう。 盗んだ物はどこにありますか。 みんなの目の前に並べてください。 本当にお義父さんのものかどうか、とくと調べてもらいましょう。
38. この二十年間というもの、私はお義父さんのために働き通しでした。 雌羊や雌やぎの世話に明け暮れ、丈夫な子がたくさん生まれるようにしました。 それでも、自分が食べるためには、雄羊一匹だって、お義父さんのものに手をつけたことはありません。
39. 野獣に襲われて殺された時、証拠の死がいを見せ、数が減ったのを大目に見てください、などと頼んだことがありますか。 もちろんありません。 私が自分で弁償したんです。 私の責任であろうがなかろうが、家畜を盗まれた時は、必ず私が弁償しなければならなかった。
40. 昼は焼けつくような日ざしの中で、夜は夜で寒さに震えて眠ることもできないままに、働きました。
41. この二十年間、ずーっとですよ。 十四年間は二人の娘さんをいただくため、六年間はあなたの群れの世話をして自分の群れを手に入れるため! おまけに、給料は十回も減らされたんですからね。
42. 実際、祖父アブラハムや父イサクが信じる、すばらしい神様の恵みがなかったら、一文なしで追い出されていたことでしょうよ。 幸い、神様は何もかもご存じだった。 あなたのひどい仕打ちも、私が一生懸命に働いたことも見ておられた。 それでゆうべ、あなたに現われなさったのです。」
43. 「ここにいるのはわしの娘だし、子供たちはみな孫だ。 家畜の群れにおまえの持ち物いっさいがっさい、わしのものと言っていいくらいだ。 自分の娘や孫のためにならないことなど、どうしてできよう。
44. さあ、和平条約を結ぼう。 これからは、お互いその条約をしっかり守っていこうじゃないか。」
45. そのしるしがいります。 ヤコブは石を一つ立て、記念碑にしました。