1-2. マリヤのことを覚えていますか。 イエスの足に高価な香油を注ぎ、それを髪でぬぐったあの婦人です。 さて、そのマリヤの兄弟ラザロが病気になりました。 彼と、マリヤ、その姉のマルタはいっしょにベタニヤに住んでいました。
3. マルタとマリヤはイエスのもとに使いをよこしました。 「先生。 あなた様が目をかけてくださったラザロが重い病気にかかり、明日をも知れない状態です。」
4. この知らせを聞いたイエスは、言われました。 「この病気は、ラザロが死んで、それで終わりということにはなりません。 神の栄光が現わされるためですから。 神の子のわたしが、栄光を受けるのです。」
5. イエスは、マルタたち三人を心から愛しておられました。
6. けれども、なぜか、なお二日間そこにいて、なかなか腰を上げようとはなさいません。
7. 二日たって、ようやく、「さあ、ユダヤに行きましょう」と、弟子たちに言われました。
8. ところが、もうれつな反対が返ってきたのです。 「なんてことを、先生! つい先日、ユダヤ人の指導者たちが、先生を殺そうとしたのをお忘れですか! なのに、また、のこのこと出かけて行くなんて全く非常識です。」
9. 「昼間は十二時間あります。 その間に歩けば、安全で、つまずくこともありません。
10. ところが、夜歩いたらとても危険です。 暗くて、足を踏みはずすかもしれませんから。」イエスはこうお答えになってから、
11. さらに続けられました。 「友達のラザロが眠っています。 彼を起こしに行かなくては。」
12-13. これを、ラザロが夜ぐっすり眠れたものと勘違いした弟子たちは、「じゃあ、病状はよくなってるんですね」と聞き返しました。 しかしイエスは、ラザロは死んだと言われたのです。
14. そこで、今度は、はっきりとおっしゃいました。 「ラザロは死んだのです。
15. わたしがその場に居合わせなくてよかったのです。 これでまた、あなたがたがわたしを信じる機会が増えるのですから。 さあ、彼のところへ出かけましょう。」
16. ここで、「ふたご」とあだ名されているトマスが、「おい、みんなで行ってさ、先生とごいっしょに死のうじゃないか」と、仲間の弟子たちに誘いかけました。
17. 一行がベタニヤに着いてみると、もう手遅れでした。 ラザロはすでに墓に葬られ、四日にもなるというのです。
18. ベタニヤは、エルサレムからわずか三キロほどの所でしたので、
19. ユダヤ人たちが大ぜい、お悔やみに詰めかけていました。 マルタとマリヤが慰めのことばを受けているところへ、
20. イエスのおいでが知らされました。マルタはそれを聞くと、取る物も取りあえず、迎えに駆けつけました。ところが、マリヤは家の中にじっと座ったままでした。
21. マルタはイエスに訴えました。 「先生! あなた様が、あなた様さえいてくださったら、ラザロは死なずにすみましたものを……。
22. でも、まだ遅くはありません。 あなた様が神様にお願いしてくだされば、生き返らせていただけますもの……。」
23. イエスは言われました。 「そのとおりです。 ラザロは生き返るのです。」
24. 「はい。 いつかすべての人が復活する日には、もちろん……。」
25. 「このわたしが、死人を生き返らせ、もう一度いのちを与えるのです。 わたしを信じる者は、たといほかの人と同じように死んでも、また生きるのです。
26. わたしを信じて永遠のいのちを持っているからです。 滅びることなど絶対にありません。 このことを信じますか、マルタ。」
27. 「はい、先生。 あなた様こそ、長いあいだ待ち続けてきた神の子キリストだと、信じております。」
28. マルタは、家に戻り、マリヤをわきへ呼んでそっと耳うちしました。 「先生がね、すぐそこまでおいでになって、あんたに会いたいって言ってらしたわよ。」
29. そこでマリヤは、すぐにイエスのところへ出かけて行きました。イエス、ラザロを生き返らす
30. さて、イエスはまだ村に入らず、マルタが出迎えた場所におられました。
31. マリヤを慰めていたユダヤ人たちは、彼女がそそくさと出て行くのを見て、きっと墓へ泣きに行くのだろうと思って、あとについて行きました。
32. マリヤは、イエスのところまで来ると、くずおれるように足もとにひれ伏し、涙ながらに言いました。 「ああ、先生……。 あなた様さえいてくださったら、ラザロは、ラザロはまだ生きて……。」
33. イエスは、目の前でマリヤが泣き伏し、ユダヤ人たちもいっしょに嘆き悲しんでいるのに強く心を打たれ、動揺なさった様子です。
34. 「ところで、ラザロの墓は?」とおっしゃいました。「来て、ごらんください。」
35. イエスの目に涙があふれました。
36. 「お気の毒になあ、心底ラザロを愛しておられたんだよ。 二人はほんとうに親しかったのだ。」ユダヤ人たちはこう言い合いました。
37. しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人でも、ラザロを生かしておくことはできなかったのかね」と、非難がましく言う人もいました。
38. これを聞いたイエスは、またも心に深い憤りをお感じになりました。 墓に着きました。 それはほら穴で、入口には重い石が立てかけてあります。
39. 「さあ、石をわきにどけなさい。」イエスは人々をうながされました。マルタがあわてて押しとどめました。 「でも、もうひどいにおいがしてますわ。 なにしろ、死んでから今日で四日ですもの。」
40. イエスは、マルタにおっしゃいました。 「もし信じるなら、神のすばらしい奇蹟を見る、と言ったはずですよ。」
41. 人々は言われるままに石を取りのけました。 イエスは天を見上げ、「父よ。 願いを聞いてくださってありがとうございます。
42. もちろん、いつも聞いてくださることはわかっています。 ただ、ここに立っているみんなにもわかるように、こう申し上げたのです。 あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じてもらいたいからです」と祈られました。
43. それから、大声で、「ラザロよ。 出て来なさいっ!」とお命じになりました。
44. すると、どうでしょう。 布でぐるぐる巻かれた姿のまま、ラザロが出て来たではありませんか! 顔も布で包まれたままです。 イエスはあっけにとられている人々に言われました。 「さあ、早く布をほどいてやって、帰らせなさい。」
45. マリヤについて来て、この出来事を見た大ぜいのユダヤ人も、ついにイエスを信じるようになりました。
46. しかし、パリサイ人たちのところへ行き、事細かに、このことを報告する者も何人かいました。
47. そこで、祭司長やパリサイ人たちは、この問題を協議するため、さっそく議会を召集したのです。 たいへんな議論になりました。 「あいつが確かに奇蹟を行なっているというのに、いったい何をぐずぐずしているのか。
48. あいつをこのまま放っておいてみろ。 国民一人残らずあいつを信じるようになってしまうぞ。 そんなことにでもなったら、取り返しがつかない。 ローマ軍が踏み込んで来て、われわれを殺し、ユダヤ政府を乗っ取るだろう。」
49. すると、その年の大祭司カヤパが、業をにやして言いました。「ばかを言うな。 こんなこともわからないのか。
50. 全国民の代わりに、やつ一人に死んでもらえば事はすむのだ。 国民全体が滅びるなんて、冗談じゃない。」
51. イエスが全国民の代わりに死ぬことを、ほかでもない大祭司カヤパが預言したのです。 カヤパは、自分で考えたのではありません。そう言うように、聖霊に導かれたのです。
52. これは、イエスが、イスラエル人ばかりか、世界中に散らされているすべての神の子供たちのためにも死んでくださるという預言でした。
53. この時から、ユダヤ人の指導者たちは、イエスを殺す、うまい計画をあれこれ練り始めました。
54. そんなこともあって、イエスは、人前でおおっぴらに活動するのをやめ、エルサレムをあとにされました。 そして、荒野に近いエフライムの村で、しばらく弟子たちと共に身を潜めておられました。
55. ユダヤ人の過越の祭りが近づきました。 この時は、大ぜいの人が各地からエルサレムに集まります。 みな祭りの始まる前にきよめの儀式をすませようと、数日前には着くように出かけて来るのです。
56. 人々はイエスに会いたいと思いました。 宮のあちこちで、「どうだろうね。 あの方は、祭りにいらっしゃるかな」と、しきりにうわさし合う声が聞こえます。
57. 一方、祭司長やパリサイ人たちの頭には、イエスを逮捕することしかありません。 「イエスを見かけた者は、直ちに届け出よ」という命令を出していました。イエスに香油を注ぐマリヤ