15. 確かに、今日でも、彼らがモーセの書を朗読する時、その心には覆いがかかったままです。 それで、「十戒」に従うことこそ救われる道だ、と考えているのです。
16. しかし、だれでも罪に背を向け、主のほうに向く時、その覆いは取り除かれます。
17. 主は、いのちを与えてくださる御霊です。 御霊のおられるところには自由があります。〔それは、神のおきてを守って救われようとすることからの解放です。〕
18. しかし、私たちクリスチャンには、顔の覆いがありません。 鏡のように、主の栄光をはっきり映すことができます。 そして、主の御霊がうちで働いてくださるにつれて、私たちはますます主に似た者となるのです。